児相の拉致・誘拐に関する一般資料



 新聞「世界日報」‘08年9月20日付け13頁 と ワールドネット情報「世界日報メンバーズコーナー」より転載しています。 なお聞き手は鴨野 守記者です。


暴走する児童相談所

「内外地理研究会」代表 小菅 清氏に聞く

 社会問題化している児童への虐待を防ぐために、児童相談所(児相)の果たす役目は大きいと言われる。だが、現実には大半の児童相談所が、家庭内で起きるささいなトラブルや行き違いなどにも過剰に反応し、親や子供の気持ちを無視して、子供を親元から強制的に隔離して、新たな悲劇が起きているという。
 この問題に取り組んでいる小菅清・内外地理研究会代表に、児童相談所の暴走に付いて聞いた。

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〜保護者の意向を無視して拉致・誘拐/家族破壊の悲劇を次々と引き起こす〜

 ――昨今、親による児童虐待が社会問題とされ、児童相談所が手遅れになる前に積極的に関与して、悲劇が起きないようにと、児童福祉法・児童虐待防止法により、児相の権限が強化されました。これをどう思いますか。

 児童福祉法などに書かれている「虐待」や苛(いじ)めや「暴力」の用語の内容は極めて曖昧(あいまい)で不正確です。従いまして、児童相談所が勝手に解釈して、「手遅れになる前に」などと言って、確かな証拠も有責証言もないままに適用するため、行政暴力が生じて、家族破壊の悲劇が次々と引き起こされています。

 昨年度の「虐待」についての児相発表は四万件以上、他方、警察発表は三百件以上です。実に百三十倍以上の差があり、同じ用語では到底理解ができません。
 警察は専門的な調査・捜査能力がありますから、社会的に問題になった事例のほぼすべてを含んでいます。他方、児相は調査する能力も意欲もありません。「虐待」だと勝手に認定した件数を発表しているだけです。

 しかし大半は、「虐待」「暴力」でも「虐待の疑い」でもありません。実際は親による子育て上の不備や不十分さ、単なる過失や叱り過ぎ、躾(しつけ)の厳しさ(単純体罰)、部外者の推測による密告を、すべて「虐待」「暴力」としているだけです。
 無実や、些細(ささい)な事実を意図的に「虐待」などと決め付けて、普通の家族から子供を誘拐・拉致するための手段としているのです。

 実際は、一部の特定の思想・信条を持つ人々によって主導された児相側が、上記の家族から親子の結び付きを次々と破壊しています。「虐待」者は親ではなく、児相側なのです。

――この児福法などが活用されて家族破壊が行われた、具体的な事例をお話しください。

 神奈川県のA家では夫妻間に不和があり、妻が婦人相談所へ行ったところ、夫による妻への「暴力」のためとして、妻は「女性保護施設」、子供は「児童保護施設」へと隔離されました。妻は施設の異常さに驚き、数日で逃走して、やがて夫と共に子供の返還を求めたのですが、児相は「父による虐待の疑い」を口実に、返還を拒否しています。

 関西のB家では四歳の女子が性器を痒(かゆ)がるので、医院へ連れて行ったところ、淋病(りんびょう)と診断されました。治療中に児相が医院へ来て、「性的虐待」を口実としての一時保護を告げて、やがて女子は行方不明に。親は正確な調査を求めたが、かたくなに拒否されています。 調べればすぐに分かることですが、親宅に風呂がないのでいつも銭湯へ行っていました。なお子供がその銭湯で感染する事例があるのは、医療の常識です。

 中部のC家では母が病気で寝込んでいる時に、上の子が下の子に、机上にあった風邪薬を飲ませてしまいました。病院へ搬送されて治療を受けたのですが、医師らは親による殺害未遂と邪推して、警察と児相へ密告。後日、警察が捜査に来て、単純過失と認定しました。
 数日後に児相が来て、「虐待の疑いにつき調査する。一時預かりをしたい」と言い、親元から二子を誘拐しました。以後、返還要請を無視しています。

 東京都のD家では小学六年の子供(11)の監護権が家裁の審判で父から母へ移りました。しかし子供は母側への移動を完全に拒否し、本人は自殺未遂までしました。すると母側の密告からか、児相はこの子供を一時預かりすると言い、誘拐したのです。
 この時、父へは何一つ説明が無かったので、連れ去った理由も分かりません。なお子供は五カ月後に、児相の隔離施設から二回も父・姉の所へ逃走して来たのですが、二回とも、児相に拉致されて、現在は自殺や人格破壊が心配されている状況です。

 関西のE家ではしっかりとした躾を基本に子育てをしており、時には節度ある体罰もありました。上の子はそうして育ったのですが、さて下の子供が小学校に入学した後、担任の先生が子供の身体に軽い痣を見つけて、親を呼んで体罰の全廃を要求しました。しかし親が恭順しなかったため、学校は児相へ密告。やがて学校帰りに子供は拉致されて行方不明となったままです。

〜背後で偏向した勢力どうしが結託している〜

――
問題は法律ですか、運用面の解釈ですか。

 この法律上で児相が行動を起こせる要件というのは、「身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行」「児童に著しい心理的外傷を与える言動」などであり、児相によりどの様にでも拡大・恣意(しい)的解釈ができる文言となっています。
 これには原型があり、かつてのスターリン法制から学んだ教条持ちたちが立法化を進めた事によります。彼らは概念規定の定かでない法律をわざと改定・制定したのです。

――
こうした問題に積極的に介入してくる弁護士や支援者たちの目的は何ですか。
 
 かつての社会・共産主義は一九九〇年ごろに大きく後退しました。しかし、やがて新たに変異した社会・共産主義は、過激な女権主義や似非(えせ)子供権利主義やその他の、偏向した教条を持つ人々と連合を進めました。
 彼らの主義・主張、思い込み、感覚などはまず男女共同参画法に入り、以後、彼らの運動は「配偶者=夫の暴力の根絶と離婚推進」「児童虐待防止」その他を経て、似非人権擁護法制定などへ向かっています。

 なお教条持ちは各種議会議員の一部、国家・地方公務員の一部、これは児相や婦人相談所に多い。また裁判所内の一部、学者・弁護士の一部、教育・医療関係の一部、新聞・放送内の一部、各地の活動家から成る一種の連合体です。

 彼らの教条の基本は「理想社会の建設」とかのようなもので、このための論法として「一切の暴力の根絶」「家族による子育てより社会的な子育てを」「人権を確立して、すべての差別を禁止する」などと、人間の現実を無視した虚偽の理屈を挙げています。

 この教条持ちが既に児相も動かしているのです。なお児相には表向きの業務実績が欲しい者や、隔離施設と利権絡みの者もいます。

 ――この間の小菅さんたちの活動を通じての成功の事例、政治家や報道との対応、今後の活動方針などを話してください。

 成功したのは多くの人が児相へ抗議してくれたからです。なお関心を持ち意思表示する人が増えれば、教条持ちの圧力で報道が止まっている現状も超えられます。

 ところで彼らはさらなる法律改定を狙っています。第一に、児相側が実の親から親権や監護権をより簡単に奪い取りやすくする。第二に、児相側から親権を持つ実の親が子供を連れ戻した場合も誘拐罪に当てはめる、逃げた子供を実の親が保護した場合も処罰対象にするというものです。

これらの阻止には政治家の力が何としても必要です。心有る人にぜひとも、今の日本で起きている悲劇の実態に気づいて頂き、それこそ手遅れにならないうちに、毅然(きぜん)とした対応をお願いして、家族破壊を止めさせて欲しいと望んでいます。




 オランダの良識、長崎(児相)の邪悪、判断は良識へ、子供は守られています。

詳しくは昨年12月16日付け各新聞かPCニュース、本年1月18日付け読売新聞かPCニュースをご参照下さい。

 

           抗議・要請書

                                平成21年1月20日

厚生労働省「虐待」防止対策室長殿

長崎県知事殿

長崎こども・女性・障害者支援センター(児童相談所)所長 大塚俊弘 殿所員 山形康子・井出敦朗 殿

長崎市橋口町10−22

  Tel  095-844-6166    Fax  095-844-1849

    Mail  s04760@pref.nagasaki.lg.jp

長崎県警察本部長殿

  
子供(女子 現9歳・小3)は児相の魔手から離れて、異国で家族と平穏に暮らしています。

以下は経過です。

  平成19年8月、母親は子供が悪さをしたため、自宅で躾けとして、お尻を叩いて叱りました。その後、子供はまた元気になり「遊びに行く」と伝えて、自宅から出て行きました。

  (以下は児相の説明・・・腕・脚にケガをした子供がコンビニへ来たので、店長から警察、ここから児相へ連絡が有ったので、子供を保護(誘拐)した。裸にして調べたら、お尻が赤かったので、虐待と決めて、収容・隔離した)

やがて母親が呼ばれて児相職員と面談、母親は正常な叱り方=躾けであり、けがをしたならその後の事である、速やかに子供を返して欲しいと要請しました。

  しかし既に「虐待」と決定していた児相は、子供に会わせないまま、「虐待の承認」を迫り、母親が「虚偽の承認」を断わったため、話は平行化しました。

やがて児相は誘拐・隔離を続け難くなったとして、家庭裁判所へ子供の隔離・軟禁を続ける事の許可を求めました。しかし同家裁は子供を含めた実情調査を行ない、同年12月、児相の申し出を却下しました。所が児相は子供を返さず、高等裁判所に控訴して隔離を続行しました。

やがて高裁は何らの調べも行なわず、書類審査のみで、平成20年5月、児相の申し出を許可しました。(高裁へは児相を勝たせる様にとの、上部から何らかの指導が有る様で、この書類のみで地裁決定をくつがえす方式が、他でも生じています) なおこの様な場合、最高裁は一切審理せず、高裁決定を追認します)

母親は高裁決定後、何としても子供を助けたい・引き取りたいとして支援の会に電話で相談して来ました。(会は児相の悪行を話して、注意を喚起しました)

また子供が転校させられた学校を探していました。やがて会外の友人の助けにより発見します。そして仕事上で移住したオランダに連れ帰りたいと友人にも相談しました。

同20年10月、母親は下の子供(2歳)をオランダに残して来日、24日に友人・親族(子供の祖父)と共に下校途中の子供を救い出しに行きました。子供は祖父を見付けて駆け寄り、次に母親を見付けて抱き付いています。大喜びだったそうです。(この時、不手際が有り、やがて友人・親族は逮捕されました)

同10月26日、親子はオランダに帰着、家族三人の生活が始まりました。

しかし、28日、児相から警察から外務省から連絡を受けたオランダ警察により、子供は連れ去られました。また母親にも呼び出しが来ました。(この時、支援の会は状況が必ずしも悪くないと考え、この旨を伝えました)

同11・12月、オランダで関連する役所による調査・解明が始まりましたが、長崎児相などの書類の余りの奇妙さに驚いた様です。母親による虐待や拉致・誘拐が全く見えて来なかった様です。

  所が長崎県警は12月16日に児相の依頼を受けて、オランダ警察へ母親を国外略取容疑で逮捕する様に要請しました。記者会見もしたため、各新聞にも掲載されました。

  この要請にはオランダ側も全くあきれた様で、無視のまま何の行動も起こしていません。

  (この記事内容に付いては記者も疑問を持った様で、問い合わせを受けて、支援の会から読売・他の記者へ説明しました)

同12月29日、オランダの裁判所は「虐待の兆候や心配はない」と明確に認め、この家族のオランダでの正常な家族生活を保障しました。やがて平成21年1月18日、調査を終えた読売新聞は家族が平穏に暮らしている現状を、全国版とPC上で報道しました。

(注)この件も新たな社会・共産主義やえせ子供権利論や過激女権主義やその他に偏向した教条持ちに主導された長崎児相が家族破壊活動として行なったものですが、オランダの良識も有って、不首尾に終わりました。今は拘置されている友人・親族の事が何よりの心配です。

(注)今回の児相の拉致・誘拐には教条持ちたちの理屈(一切・全ての体罰は程度を問わず虐待である)が有ります。人間・子供の現実を無視した虚偽・誤りの理屈の押し付けです。

                この家族を支援する友人・親族一同

           家族破壊法犠牲家族支援の会

              代表・野牧雅子 幹事・小菅清 (共に公式のHPが有ります)